GIGI日記~映画とか本とか~

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本「父滅(ふめつ)の刃 消えた父親はどこへ」

作家で精神科医でもある樺沢紫苑先生の本をまたまた読んでしまいました。しかしこの本って、先生の著作の中では最高傑作ではないでしょうか。この本では、近年の父親の不在や父性の消失といった社会的なテーマを背景に、時代に沿った多数の映画を題材として、鋭く切れ味の効いた分析を試みています。

そう書くと、なにやら小難しい本に思えますが、実際は全然そんなことなく、誰もが見たことのある映画をベースとして、とてもわかりやすい表現で解説しているので、ぐいぐいと引き込まれてしまいます。特に先生は、精神科医で映画好きの作家という異色の経歴をお持ちなので、その辺が普通の医者や学者の小難しい本と異なり、ボクが先生の文章にシンパシーを感じたり、ボクの思考との親和性が高いのだと思います。

さてこの本ですが、一言でいうと父性の不在、父性の消失についての本なんですが、父性というのは断ち切る力で、規範や社会のルールを示し、思念やビジョンを子供に示し、人が社会に船出していく方向性や倫理や道徳を示すもの、つまりは外部へ送り出すものです。

一方、母性とは、包み込む力、許容する力、抱擁する力で、時に励ましたり、慰めたり、どちらかというと安心と安らぎをあたえるもの、つまりは安全地帯の提供ですね

この母性と父性というものは何よりバランスが重要で、どちらかが強すぎたり、弱すぎたりしてバランスを欠くと、その家庭で育つ子供は精神的に不安定になりやすいです。特に父性不在で育った家庭で、子供が不登校や引きこもりになりやすいのはよくあることです。

さて、この本で特筆すべきは、2010年代以降の映画やアニメは、極めて父性不在を強調した作品が増えたと指摘していることですね。確かに「スター・ウォーズ」のエピソード7~9や、マーベルコミックを原作としたスーパーヒーローものも、主役が女性のものが多いですよね。

おもしろいのは、映画の中で食事のシーンを見れば、一発でその家庭の置かれている状況を理解できると考察しているところです。それは確かにその通りで、最近のアニメや映画をみても、父親が不在か、あるいは非常に影の薄い(キャラの弱い)父親が多く出てくるようになりました。

ところで、ここでボクが指摘したいのは、これらの動きが、女性の社会進出と共にあるという点です。昔は父親が稼ぎ、家のことは母親が担当するという家庭が多かったわけですが、今は男女共稼ぎで、子育ては二人で一緒に、というスタイルも多く見られるようになってきました。それは同時に、ウーマンリブ、女性の解放などなど、女性が社会進出し、経済力を持つことで、男性に依存しなくても自分の力で生きていけるようになったので、その影響で未婚者が増えたり、離婚率の上昇にも強く相関しています。

そのような現実を反映するように、映画でもまたヒロインの相手役の男は頼りなくヘタレな役柄が増えてきて、もはや男なんて不要、父性不要論を掲げた極端な作品も非常に多くなってきています。ボクは見ていませんが、アナ雪実写のアラジンなんかでその動きが顕著なようです。

ただ、女性も男性も仕事をして、一緒に子育てもして、さらにそれぞれが母性と父性を発揮することも当然可能です。それを「男性なんてもう要らない」といった男性不要論にまで行ってしまうと、それはさすがにやり過ぎだろうというのが樺沢先生の見解です。

なお、樺沢先生が、最後にマンガのONE PIECE鬼滅の刃を例に取り、このような父性の不在や消失に対し、今後どうやって立ち向かって行くべきか、その方向性の違いを考察しているのが非常におもしろかったです。

まずワンピースの方ですが、これは父性の不在を仲間で補おうというものです。仲間同士が弱い部分、足りない部分を補い合い、協力し合って巨大な敵に立ち向かっていこうとする物語です。要は、丸紅のCMにも採用された「オレにできないことはオマエがやれ、オマエにできないことはオレがやる!」といったセリフですね。

一方、鬼滅の刃は違います。鬼滅の刃の場合は、父親の不在に対し、炭治郎自身が努力し、自分自身が父親的存在になろうとする物語です。家族を守るためには、自分が強くなり、父性を発揮するしかない!と決意するわけです。

そういう違いは連載のスタイルにも現れていて、人気が出てなかなかやめさせてくれない出版社の圧力に屈し、ダラダラと似たような話を延々と繰り返すワンピースに対し、鬼滅の刃は人気絶頂の最中、きっちりと初心貫徹、わずか23巻で終了します。これこそ模範を示し、ルールを守るという父性的な決断と言えるでしょう。作者は女性なんですが、実に潔く、見事な幕引きだと思いますね。

自分は、できることだけ、好きなことだけをやっていたい、できないことは誰かにやってもらえばいい、いつまでもずっと仲間とバカ騒ぎしていたい、というワンピース

できないことは努力で乗りこえるしかない、自身で考え行動し、自身を高めるしかない、何より自分が強くなるしかない、そうやって大切なものを守っていきたい、とする鬼滅の刃

これって今のような時代にはなかなかに難解な問題ですが、あなたはどちらの道を選びますか。ボクは断然、鬼滅の刃の方ですね!