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映画「フラットライナーズ」

評価:★★★★★

大好きな映画「フラットライナーズ」です。90年代に作られた古い方で、キーファー・サザーランドケビン・ベーコン、当時の売れっ子ジュリア・ロバーツが出てるやつで、最近のリメイク版はまだ見ていません。この映画、いじめ対策として学校の教材として見せてもいいぐらいですが、一部、ウィリアム・ボールドウィンのパートがちょっとエッチなのでそうもいきませんが。

まあ、ある種の哲学的な映画で、心拍停止後、人間の脳は何を見ているのか?死後の世界は本当にあるのか?といった究極の問いに答えるべく、医学生4人が医学的知見に基づき、心臓を一次的に停止させ、まあ、それが心拍停止を表す「フラットライナーズ(一本線)」状態であって映画のタイトルにもなっているんだけど、要するに人工的な臨死体験をしてみようぜ!という映画なんです。

で、その世界はすばらしいモノだったかというと、実は全くそうではなくて、物語はどんどんみょ~な方向に向かっていき、ついには懺悔と贖罪の物語へと変貌します。そしてその点が僕のツボなんですが、僕が中学校だった頃を思い出すと、なんとなく変なノリや同調圧力によって、いじめに荷担していたことがありました。今でもその時のことを思い出すとすさまじい後悔の念に駆られます。もう30年以上も前の話ではあるんですが、未だに思い出すと眠れなくなるし、もしもその張本人に会うことができれば、おそらく僕は土下座して謝ると思うけど、あいにくクラス会とか苦手なので全く行かないし。

実はこれまでにも何度か電話番号を調べて謝ろうと思ったこともありますが、まずその調べる過程で怪しまれそうだし、張本人からすればこれほど迷惑な話もないわけで、そもそも僕には絶対に会いたくないのは間違いなく、その謝ろうという僕の意志すらもいわば身勝手な自己満足にしか映らないだろうし。

まあ、そういう思いをしている人がどれだけいるかわかりませんが、そういうやるせない気持ちを巧妙に映像化してくれたのがこの映画なんです。もうとんでもない映画です。僕はこの映画を見るといつも、かつて自分がいじめてしまった人たちが、今は立派なお父さんやお母さんになっていて、僕の事なんてきれいさっぱり忘れ去って、子供たちと仲良く楽しく幸せに暮らしていることを願ってやみません。

なので、もしもこのブログを読んでいる人で仮にいじめに荷担しているようなことがあれば、僕みたいに一生後悔するので絶対にやめたほうがいいし、今すぐ「フラットライナーズ」を見ましょうね。ただ僕の唯一の救いは、僕にはこの後悔とか苦い経験があったので、高校生になってからは集団とか同調圧力に負けないように生きてこられた気がします。僕の敬愛する北方謙三さんの小説によく「いつも一人でいることだ!」とかって書いてあるんだけど、まさにそのとおり。集団でいじめをするようなやつらはクズなので、真っ先に警察に通報してもいいし、そんな学校なら行かなければいいだけ。なによりも親に相談すべきで、いじめられていることは何も恥ずかしいことではなく、そうい悪意のかたまりみたいな奴らがいるのがこの世界なんです。「進撃の巨人」のミカサも言ってるでしょ、「世界は残酷なのよ」って。

そしてもしもいじめられている人がいれば、水野敬也さんと鉄拳さんの「それでも僕は夢を見る」を読みましょう。人生は、というより世界はすばらしいですよホントに。当たり前の毎日が当たり前じゃなくなったときに気づく事が多いけど、そばに妻がいて猫ちゃんがいて毎日食事を作ったり植物を育てたり、散歩に行ったり本を読んだりとかって、実はものすごく幸せなことなんです。昨年、18年間一緒にいた猫を亡くし、痛烈にそう感じました。なので、最近の鉄拳さんの花王のCM(パラパラマンガ)は涙なしでは見られません。

そういうことに気づかせてくれる映画が「フラットライナーズ」なので猛烈におすすめです。ちなみに、キーファー・サザーランドはやんちゃな役よりも心優しい役がよく似合います。ウィノナ・ライダー共演の「1969」とかね。 

それでも僕は夢を見る

それでも僕は夢を見る

 
1969

1969

 

映画「ムーンライト」

評価:★★★☆☆

さて、この映画は色んな雑誌や本で絶賛されていますが、ごめんなさい、僕はあまり楽しめませんでした、残念無念。いや、確かにおもしろいし、確かに好きか嫌いかと問われれば当然嫌いではないのですが、そこまでは心に響かなかったというか。

ところでこのブログですが、好きな映画ばかりを紹介していると、冒頭の評価が全て五つ星になってしまって、もはや何の意味もなさないというパラドックスに最近気づきましたので、まあ、普通評価の映画についても言及することにしました。

そもそもこの映画は、主人公であるシャロン君の①少年期、②青年期、③壮年期の三つのパートで構成されているのが最大の特徴なんですが、①→②は自然の流れですばらしいんですが、僕がどうしても納得できないのが②→③なんですね。②→③って、どう考えてもあり得ないというか、人間って、よっぽど衝撃的な事件とか事故とかトラブルとか、人生を根底から覆されるような劇的なインパクトに出会わない限り、②→③のように激変することはあり得ないと思うのは僕だけでしょうか。

どういう事かというと、シャロン君①は、まだあどけない少年時代のシャロン君で、まあ子供特有の可愛さがあって、見ててとてもほほえましいんです。で、シャロン君②もまた、まあそうだよね、っていうような内気でちょっとゲイっぽくて女みたいな歩き方のナイーブでシャイな青年時代のシャロン君で、それがまたすばらしいんですハイ。で、問題はシャロン君③なんですけど、って、これって見た人に聞きたいんですが、これほどの激変ぶりははたして現実にあり得るんでしょうかね。だっていきなりのバリバリのギャングスタっすよ。ズンズン重低音の響く愛車に乗って、ネックレスにピアスのバリバリの50セントばりのちょ~怖い関わりたくないファッキンなストリートギャングなんですよ信じられませ~ん。もはや50セント成り上がり映画「ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン」かと思いました。

僕はどうしてもこの、②→③が受け入れられませんでした。って、見た人達はすんなりほほえましくこの映画を見届けたんでしょうかね、だとするとそのモノわかりのよさに驚愕ですが・・・。いや、確かにこのシャロン君③もすばらしいんですよ演技は、その点に異論はありません。けれど、このシャロン君③って、そんなに人生が根底から覆されるようなインパクトに遭遇したんでしょうかね。要は同級生にいじめられて、逆にやり返しただけじゃないですかつまりは。この同級生たちがまたホントに頭に来る奴らなんです、しかも何の処分もされなかったみたいだし。なので僕はとにかくこいつらを地獄にたたき落としてほしかったんですよ。

で、そういう無理やりな部分を「黒人は月の下では青色に見える」とかって、どうでもいいことを詩的に語ることで、さも意味があるようにかつオシャレに見せるという小賢しいテクニックで回避したりとか、あと、シャロン君が同性愛者なのかもしれないという設定って本当に必要だったんでしょうか。なんかいちいち小賢しいテクニックにばかり走って、大事なことはほったらかしというのが残念でなりません。なんか、みょ~におしゃれに仕上がっているので「泣けた」とか「シャロン君③の目が優しかった」とかいう批評が巷にあふれてるけど、僕的にはそうじゃないじゃん!オシャレさはどうでもよくて、なんであのいじめっ子達は裁かれないの?あいつらが全ての元凶だし学校というシステムの欠陥だし一番の社会問題でしょ!と叫びたくなるんですよね。まあ、映画なので当然、自分の思い通りになんていかないのは百も承知ですが・・・。

なので、この映画を見て感動したという人は、是非本物のギャングスタ映画、つまり少し前に紹介した「ボーイズン・ザ・フッド」を見て、その神髄を知ってもらいたいですね。ただ、まあそれはそれとして、楽しめることは間違いありませんが。

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本「ライ麦畑でつかまえて」

最近は映画ばかりだったので、久々に本も紹介します。言わずとしれた「キャッチャー・イン・ザ・ライ」です。あまりにも有名な「ライ麦畑の捕まえ役」ですね。この本は、僕のこれまでの人生の中で堂々のベストワン作品です。なので、もしも本好きの方でこの本を読んでいない人がいれば、今すぐBOOK-OFFへGO!たぶん、青と白の新書版が100円で買えます。なお、その時、絶対に村上春樹さんの翻訳版を買わないように注意してください。訳がこなれてなくて「ノルウェーの森」チックでおもしろさが激減してしまいますので。とにかくすばらしいのは野崎孝さんの翻訳版です。

この本はなぜか青少年の心理分析に使われたりとか、「ジョン・レノンを撃った男」で、ジョン・レノンを銃撃した犯人であるマーク・チャップマンが愛読してたりとか、「陰謀のセオリー」でメル・ギブソン演じる記憶喪失の変人がこの本を見ると条件反射的に買ってしまったりとか、なんとなく、サイコパスとか精神異常者がこの本を愛読する、といった誤った解釈がなされているのがホントに腹立たしい限りです。

この本は主人公であるホールデン・コールフィールド君が、学校を中退し、寮から出てニューヨークの町を放浪し、にっちもさっちもいかなくなって、精神的にも肉体的にも疲れ果てて最終的には入院してしまうんだけど、その療養中に、自分に起きた出来事を一人称で語りまくって(つまりは元気になって)、それを紙に書き記すとこの本になった、というただそれだけの話なんです。しかも全編にわたってギャグがちりばめられていて、電車とかで読むと笑いが堪られなくて、とにかく危険だし大変です。

この本って、売れすぎて評論家がバカな事ばっかり言ってわかったつもりになって安心したいんだろうけど、そんな高尚なモノでは全くなくて、単なる思春期の葛藤とか怒りとか迷いとか諦念とかを吐き出すだけ吐き出して後は読み手に任せる、といった今はやりのナメた作りではなくて、最終的にはちゃんと希望を示して終わってるという奇跡みたいな痛快ジュブナイル小説なんです。そこが僕の愛する最大の理由です。

最高なのはホールデン君がナイトクラブでアーニーというピアニストを酷評するシーンで、ホールデン曰く「もうかなりアーニーの演奏はダメになっているのに、彼が何を弾いても観客がバカみたいに拍手喝采するもんだから、アーニー自身がダメになっていることに気づかないんだな、そしてそれは観客のせいでもあるんだな」とかって独りごちるシーンなんだけど、もう最高だと思いませんか?たかが高校生のホールデン君がこういう世の中の真理みたいなことに気づくんだからすごい。

これは今の日本でもいえることであって、全く強くないサッカーの日本代表をアジア最強とか絶対優勝とか紹介してみたり、演技力の皆無なアイドルが人気だけで映画に主演したりとか、狭い日本というフィールドだけでも十分にマーケットとして成り立っているからこそ、ルックスとか人気だけで映画とか音楽が大量生産されているわけです。しかしそれは、観客というか受け手がそれでいいと思っているからこそ成り立っているとすれば、マスコミも我々みたいな受け手も同罪というか。そもそも、誰も言わないけど、律儀に起案書とか稟議書なんかをまわして伺いを立てるような国民性の日本が、サッカーなんて強いわけがないというか。

僕はマスコミが大嫌いなのでテレビは全く見ないんですが、今の日本は上から下まですべからくいじめ社会なんだと思います。例えば芸能人が何か不祥事を起こすと徹底的にたたき、下手をすれば謝罪会見を開かせたりとか、冗談じゃないといいたいです。僕の尺度からすると、芸能人とか役者はその芸で評価されてしかるべきで、そいつがどんなにいやなやつで不倫してケンカしてばかりの人間のクズみたいなやつでも、演技とか芸にだけ真摯でストイックでいればいいんです、そこで勝負すればいい。まあ、犯罪者になってしまうと当然追放されて終わりではありますが。

世の中に名を残す偉人はすべからく欠陥人間が多かったのは周知の事実だし、相撲だろうが芸能だろうが、その人の生活とか性格なんてどうでもいいんです。ちょっと複雑ですが、すごい人だからこそ他はダメでもいい、という言い訳みたいな話ではなくて、他がダメだからこそ、それを補う意味でその他のいろいろな能力や才能が人並み以上に発達した、ということなんです。

というか、そもそも、そんな公明正大で品行方正な人ってホントにいるのかよ!って言いたいですね、とくにマスコミ関係!なので、謝罪会見、金輪際禁止にしてほしいです。謝罪会見という名の集団いじめだし、こういう場面を平気でテレビで垂れ流していることこそ、学校とか職場でいじめがなくならない最大の原因です。「そいつが何をしようが、テレビの前で全く関係のない大衆に向かって謝罪なんかする必要は絶対にない」ということを一般市民が認識して拒否しないと、そういうコンセンサスが生まれようもありませんが。なので、みんなテレビを見るのをやめれば、放送内容も少しずつ変わってくるんだろうと思うけど、それは無理ですし。

まずい、「ライ麦畑でつかまえて」からどんどん話が逸れてしまいましたが、僕は辛いときとか落ち込んだときに必ずこの本を読んで勇気をもらってます。とにかく、随所に挿入されたギャグも最高におもしろいし、途中から出てくる妹のフィービーがとにかくいい子で勇気をくれるんですね。これって結局は人間の可能性を信じているという人間賛歌であって、その点はどこかポール・トーマス・アンダーソン監督に相通じるところがあるような気がします。なので間違っても心理学の教本なんかに使うのはやめてください。

ただし、著者であるJ.D.サリンジャーさんの他の著作グラース家サーガである「ナイン・ストーリーズ」とか「フラニーとゾーイ」とか「大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモアー序章ー」なんかは、僕の読解力がないためなのか、もう難しくて読みにくくて意味がわからなくて、買って20年以上経ちますが未だに通読してません。サリンジャーさんごめんなさい。今年こそ読もうかな。

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

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フラニーとゾーイー (新潮文庫)

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大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア-序章 (新潮文庫)

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天才、町山智浩さんと映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」

僕は映画もよく見ますが、同じくらい映画について書かれた本、雑誌、コラムなんかをよく読みます。特に映画評論家の町山智浩さんはすこぶる天才で、映画評論の本ばかりでなく、アメリカにまつわるコラムをまとめたペーパーバックなどなど、ほとんどすべての著作を買ってます。ともかく、この人ほど深く映画を理解している人はまずいないんではないでしょうか。

自分で適当に理解しているつもりになっている映画の記事を読んで「えっ!何この映画ってそんなメタファーが隠されてたの?」とか、「え、これってすごく感動したけど、実はこんな人種差別映画だったのかっ!」と、グウの根も出ないほどびっくり仰天したこと数百回。こんな天才が世の中にはいるんですよね。ただ、最近古本で買った「最前線の映画を読む」は、ページが折られてたり、中にご飯つぶが挟まってたりして、町山さんの本をこんなぞんざいに扱うな!と久々に怒りすら覚えました。古本とはいえちゃんと検品してください。

さて、町山さんの本を読むと、今まで以上に映画が楽しく大好きになるので全ての本がおすすめです。例えば「映画の見方がわかる本」「今のアメリカがわかる100本」「最も危険なアメリカ映画」「トラウマ映画館」「トラウマ恋愛映画入門」なんかはどれもすごくおもしろいし、その時々のアメリカをコラムチックに論じた「言霊USAシリーズ」もとにかく最高で、全部買って損はありません。

しかし、僕は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「フォレスト・ガンプ」が大好きなので、これらに対する町山さんの鋭い考察を読んだときはびっくり仰天してちょっとブルーな気持ちになったけど、「まあ、そういう見方もあるよね!けど、それを差し引いてもいい映画だしね。」と必死こいて思い直しました。

特に僕は「バック・トゥ・ザ・フィーチャー」の、マーティの父親役のジョージ・マクフライが大好きで、ビフにいつもバカにされてるのに、いつもニヤニヤしてへっちゃら感を醸し出しているのが好きです。タイムスリップしたマーティがサンドイッチ屋に入り、そこではじめて自分の父親であるハイスクール時代のジョージに出会うんだけど、いきなりビフと取り巻きが入ってきて、ジョージを小突いたりバカにしていると、それをじっと見ているマーティにビフが気づいて「なに見てんだ、なんで救命具着てんだ!こいつアホか!ガハハハッ!」とかって仲間と笑いものにするシーンがあるんだけど、実はそこで小突かれてるジョージもちゃっかり一緒になって笑っている、というこのシーンもう最高に好きですね。

このシーンって、わかってる人じゃないと絶対に思いつかないシーンで、要するにジョージは自分がいじめられてると思いたくないので、まあ、ビフたちは仲間だと必死に思い込もうとしていて、そこに自分以外のバカにされるべき対象が現れると、自分もビフたちと一緒になって笑うことで、ビフたちと束の間の一体感を保つ、というか。まあ、むずかしい分析は抜きにして、ジョージ・マクフライはほんとにダメなやつで、しかも何かあるとすぐ逃げるし、ずるいし、スケベだし、おタクだし、ダメなやつの四重苦みたいなキャラでもう大好きです。

そもそも、このジョージとかマーティは高校生という設定なんだけど、このぐらいの年齢で人生なんか絶対に決まらないので、中学とか高校でうまくいってないと思ってる若者たちは、ぜひこのジョージ・マクフライのダメっぷりをみて元気を出してください。人生なんて30になっても40になっても決まらないし、僕もアラフォーではありますが、まだまだやりたいことたくさんあるし。まあ、そんなジョージ・マクフライだけに、ビフに立ち向かっていくシーンは涙なしではみられません。このシーンが僕的にはこの映画のクライマックスです。

人生あきらめそうになったら、このブログで紹介した映画とか本を見てとりあえず世界にはダメなやつがたくさんいることを認識しましょう。phaさんもよく言ってるけど、家族とか友人とかの関係性が閉じているとどんどん心が閉塞してダークサイドにいってしまうけど、そういう関係性はすぐに変えることができないので、それを少しでも解放するフォース的役割を担うのが映画とか本(それとアニメとかマンガ)だと思ってます。つらいときはまず映画100本見て本100冊読みましょうね。

今のアメリカがわかる映画100本

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映画「ボーン・レガシー」

評価:★★★★★

さてさて、マット・デイモンのボーン・シリーズのスピンオフ「ボーン・レガシー」です。僕の中では最近の「ジェイソン・ボーン」を含めても、ボーンシリーズの中ではこの「ボーン・レガシー」が一番のお気に入りです。というか、最近の「ジェイソン・ボーン」が期待はずれだったので、むしろこのレガシーの続編を猛烈に作ってほしいですね。

このボーンシリーズというのは、トレッドストーンとかブラックブライアー、アウトカムにラークスなどなど色んな計画名が出てきますが、一言でいうとCIAが作った暗殺部隊の名称のことで、一つの計画が一般市民に明るみに出そう(バレそう)になると、その計画で生み出された要員は生みの親であるCIAに消されてしまう、という単純きわまりない話なんです。もう風呂敷を広げまくって、さも難しそうな用語で武装してますが、実は至ってシンプルな話という。

このレガシーも、消される運命にあるジェレミー・レナー扮するアウトカム工作員、アーロン・クロスに焦点をあてた作品なんですが、なによりボーンシリーズ3作目の「ボーン・アルティメイタム」でマット・デイモンがあれこれ必死こいて戦ってるまさにその時、その舞台裏でジェレミー・レナーもバタバタ結構がんばってた、というその複雑な同時並行的舞台設定が大好きです。

それに大好きな女優のレイチェル・ワイズさんが出ているのが最大のポイントというか。そもそもこのボーンシリーズというのは、最新作の「ジェイソン・ボーン」のアリシア・ヴィキャンデルを除き、なんとなくパっとしない女優さんがヒロインで、そこが最大の欠点だと思っていたんです。で、この「ボーン・レガシー」はシェアリング博士役でレイチェル・ワイズさんが出てるので華があってその弱点を見事に克服してるわけです。ただ、ボーンシリーズ2作目の「ボーン・スプレマシー」の最後にボーンが会いに行く少女はかわいいけど。

特に好きなシーンは、CIAの精鋭3人がシェアリング博士(レイチェル・ワイズ)の家を訪問し、色々質問したりして最初は優しいんだけど、途中からいきなり豹変し、抵抗するシェアリングを2人がかりで強引に押さえつけ、まあひどいことをしようとするんです。で、ここで、何の前触れもなくいきなりアーロン・クロス(ジェレミ-・レナー)登場!って、このシーンかなりビビりますし、どう考えても無理があるんですが、まあ細かい設定はさておき、このシーン、ちょ~かっこいいですハイ。

その後のアーロン・クロスとCIA3人との攻防戦は、映画史に残る名シーンで、アクションはかっこいいし、動きは早いけど目が追いつかないほどでもないので、ああして、こうして、こうなった、といった複雑な格闘技の動きがどうにか理解できて楽しめるんですね。ただしそれはこのレガシーに限らず、ボーンシリーズの最大の特徴でもあるんですけどね。

例えばキアヌ・リーブス主演の「ジョン・ウィック」なんかはもう早すぎて目が追いつかないし、戦う人数も多すぎて現実感が皆無でギャグにしか見えないし、チャプター2なんて特にひどかった・・ゲンナリ

さて、このCIA職員3人もそれなりの腕利きなので、そう簡単には引き下がらず、腕を折られた女性捜査官がすごい形相で銃を持ち替えて構え直したり、部活みたいに声を出しあって互いの位置を確認しあったり、フォーメーションを組んでみたりと、CIAで培った戦闘技術で色々仕掛けるんですが、何一つ通用しないのが笑えますね。こういう体育会系的ノリが全く役に立たなくて、逆に完膚無きまでにたたきのめされるという設定が個人的には大好きです。

あとはフィリピンに行って、レイチェル・ワイズがモランテル社の警備員の中からたまたま知り合いを見つけて「ジェゼフ~!」とかって喜んでニッコリ笑ったりするのも最高にかわいくて好きではあるんですが、やはり鳥肌モノなのは、終盤にレイチェル・ワイズが道路のすみっちょからアーロンのいる宿に向かって「アーロンッ!ラァ~~~ンッッ!!(逃げて~~~~!!!!!)」と大声で叫ぶシーン、もう最高です、これで勝負はつきました、決まりです。このシーンがあるために、すべてレイチェル・ワイズに持って行かれてしまいましたハイ、冗談抜きで。

リック・バイヤー役の エドワード・ノートンなんて冷酷で非情で有能で、しかも朝4時に大雨の中をランニングするというガイキチで、とてもいい味を出してはいるんですが、それすら霞んでしまってなかったことにしてしまうというか。それほどに、このレイチェル・ワイズの伝説的叫び「アーロン・ラーン!」は必見です!ちなみに見終わった後、僕もマネして何度か叫びました。

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映画「ボーイズン・ザ・フッド」

評価:★★★★★

さて、黒人ストリートギャング映画の最高峰「ボーイズン・ザ・フッド」です。これもマイ・ベストの一本ですが、そもそもこのブログ自体、僕が多大なる影響や衝撃を受けてぶっ飛んだ映画を中心に紹介していますので、記事に書いた映画はどれもハズレなしだと思ってますし、是非機会があれば見ていただきたいモノばかりです。

基本的に僕の場合、10本見て1本いい映画に出会えればもうけものという確率なので、これまでの人生で3,000本以上見ているとすれば、まあ、最低300本が厳選された映画という計算になります。その300本を紹介するためにこのブログを始めたわけですので、何年かかっても達成したいと思ってます。

さて「ボーイズン・ザ・フッド」ですが、ロサンゼルスのサウス・セントラル地区を舞台に、黒人、ストリートギャング、抗争、暴力、ドラッグ、友情、そしてリベンジ、といった僕の大好きな題材のすべてが詰まった映画で、スカッとしたいときによく見ます。

主人公のトレ(キューバ・グッディング,Jr)は、比較的裕福な山の手の母親と一緒に暮らしていたんだけど、小学校で問題を起こしてばかりなので、とうとう母親から最後通牒をつきつけられ、治安の悪い下町(黒人貧困層地域)に住む父親と一緒に暮らすことになって、そこで様々な事件や出来事に直面しながら、青年から大人へと成長していく・・・と書くと、なんかこっぱずかしい、みょ~に優等生っぽいウィル・スミスみたいな成長物語だと勘違いしちゃいますが、この映画はそんな生やさしいものじゃありません。すこぶるハードコアで随所でギャングスタしてるんです。

基本的に、ヒップホップを題材にしたエミネムの「8 Mile」やトゥパックの伝記映画「All Eyez On Me」のほか、ヒップ・ホップ抗争やディスり合いを取材した「トゥパック:レザレクション」「ビギー&トゥパック」「ノートリアスBIG」「BEEF」「ウェルカム・トゥ・デスロウ」なんかのドキュメンタリー映画は結構あるけど、黒人ギャングの抗争を描いた映画って実はそんなに多くないので、その意味で非常に貴重というか。

とにかくかっこいいのは、トレの幼なじみのダウボーイ役を演じたアイス・キューブさんで、これが実は初の映画出演だったらしいんですが、演技ハンパないですハイ。この頃はまだ腰パンがはやってない時代なので、そこまでダボダボじゃないデニムにトレーナー着てキャップをかぶってスニーカーを合わせるスタイルなんですが、今のHIPHOPファッションよりも断然おしゃれで好きですね。それとアイス・キューブの刈り上げずにもみあげまで伸ばしたスパイラル・アフロみたいな髪型とヒゲとピアスがギャングスタしててかっこいいです。そのくせ劇中では意外と「世の中いい加減なやつが多すぎる!」とか「母親はガキから目を離すな!」とか、結構いいことをいうんですよね、だったらヤク売るなよ!と突っ込みたくなりますが、このギャップがダウボーイというキャラ形成に一役買ってます。

ダウボーイはいつも悪そ~な仲間とつるんでて、全く働いてないし昼間から酒飲んでヤクを売ったりしきりに銃をいじったりしているのでおそらくこの界隈を仕切るストリートギャングなんでしょう。そして、このコンプトン地区には他にもそういうグループがたくさんあって、仲のいいグループもあれば反目するグループもあって、ちょ~くだらないイザコザですぐにボルテージがMAXまであがりあっという間に殺し合いまで発展します。

なかでも、ヤバいのは赤がチームカラー?のギャング団、クレンショー組で、こいつらも見るからに悪そうなやつばかりでちょ~怖いです。こいつらが家の前にいたらまず間違いなく警察に通報するというか、まあ、絶対に関わりたくないです。特にボス的なロン毛にニットキャップのフェリスはかなりのガイキチで、図体もでかいし、町中でいきなり機関銃をぶっ放したりやりたい放題でしかも27才という、高齢化した暴走族みたいな設定で笑えます。まあ、トレとかダウボーイが17才という設定ですから、その視点で見るとオッサンがいつまでもヤンチャしてんじゃねえ~よという感覚でしょうかね。

そして、クレンショー通りにそういうギャング団がたんまり集まってバカ騒ぎしている中、いきなりケンカになってお互いに「ビッチ!」とかってディスりあうシーンも大好きですが、その前哨戦も含め、そこから終盤まで一気に突っ走るアイス・キューブの一連のシーンが最高で、最終的には体中に心地よい?カタルシスが存分に染み渡るわけです、僕の場合ですが。まあ、賛否両論はあるんですが、僕は断然ダウボーイ(アイス・キューブ)の決断を支持しますね。

つまり、この映画の主役はあくまでもトレではあるんですが、僕はむしろアイス・キューブの演じたダウボーイ視点でしかこの映画を見てなくて、まあトレが彼女といちゃついたり、親父と語り合ったりするシーンは嫌いではないけど、なぜかあんまり心惹かれないんですね、むしろどうでもいいというか。

ちなみにこの映画では、トレがいいとこのぼっちゃんで、アイス・キューブが根っからのストリートギャングという設定になってますが、笑えるのはアイス・キューブも現実には裕福な家庭で結構いい教育を受けて大学まで行っていて、ストリートギャングであったことは一度もないというところでしょうか。なのでなおさら劇中でのあのギャングスタぶりがホントにすごいんだけど。

あと、僕も大好きな映画「スタンド・バイ・ミー」の死体を見に行くというエピソードを徹底的に皮肉るシーンが冒頭にあって笑えます。ジョン・シングルトン監督が「オマイら白人の世界だと死体はそんな珍しいか?ここコンプトンだとしょっちゅうだぜ!」と宣言しているかのようですね。

最後に予備知識として、このアイス・キューブHIPHOPグループであるN.W.Aを仲間と結成して成功し、その後内輪もめで崩壊するまでを描いた「ストレイト・アウタ・コンプトン」も最高にクールな映画です。この映画の中でアイス・キューブ役を実の息子のオシェア・ジャクソン・Jrが演じてるんですが、まあ息子なのですごく似てるし、しかもハンサム度が上がってるのでちょ~かっこいいんですよね。その映画の中で、この「ボーイズン・ザ・フッド」に出演しているアイス・キューブのシーンなんかもあって、仲間に「おまえの映画よかったよ!」とかってからかわれたりとか、話が繋がって楽しめますので、ぜひ一緒に見ることをおすすめします。

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映画「マルホランド・ドライブ」

評価:★★★★★

トンデモ系映画「マルホランド・ドライブ」です、ナオミ・ワッツです、そしてデビッド・リンチ監督の得意な精神病映画の最高峰です!巷にはこの映画の解説やら謎解きのサイトがネット上であふれてますので、見終わった後はそちらを読んでもらうとして、まあ一言で表現するなれば「ナオミ・ワッツのとんでもない演技力を味わう映画」ということになりますか。紛れもなくマイベストの一本です。

あらすじはもはや説明できないので、アウトラインだけを示すと、ハリウッドで女優になることを夢見るベティ(ナオミ・ワッツ)が、あこがれのハリウッドに行って、そこでとある事故をきっかけに出会った女性リタと仲良くなって、同時にオーディションでも少しずつ芽が出始め・・・といったなんの変哲もない単なるサクセス・ストーリーを期待していると、手痛いしっぺ返しを食らってトラウマ必死のPTSDになる恐れがあるので要注意。主演の2人の女優、ナオミ・ワッツとローラ・エレナ・ハリングはどちらもとても美しいんですが、特に前半のナオミ・ワッツのかわいさや純情さがずば抜けているので、後半のその激変ぶりにショック死寸前というか。

そもそも僕のように、前提としてデビッド・リンチ監督がある種のキチガイであることを事前に知っていれば、そういう淡い期待は一切しないので心配要りません。が、例えば「ストレイト・ストーリー」なんかでデビット・リンチ監督を知って心温まるストーリーとかって勝手に勘違いしてしまった人は、かなりひどいことになると思います。

さて、特に好きなシーンですが、パーティー会場でリタが彼氏である監督とイチャイチャしているところを、ベティがずっと唇を噛みしめて睨みつけているシーンです。ほどなくベティの目から一筋の涙がす~っと流れた瞬間、どこかでグラスが割れ、はっとベティが我に返り、我に返ったあとは唖然とする展開なんだけど、とにかくこの一連の奇跡みたいなシーンはもはや神がかってます。ナオミ・ワッツのすさまじい嫉妬と憎しみの入り交じった表情を是非堪能しましょう。このシーン本当に大好きです。

それと随所に出てくる怪しいキャラもとてつもなく気味が悪くて大好きです。序盤のウェンディーズにでてくる怪しい目をした青年とか、中盤、牧場にやってくる無表情なカウボーイのおっさんとか、日本の性格俳優なんて足下にも及ばない薄気味の悪さ。この方々は本物の役者なんでしょうか。それとも異常者を雇ったのでしょうか。

ところで、未だかつて誰かが指摘しているのを聞いたことがないけど、この映画を見る前または後に、ナオミ・ワッツのブレイク前の映画「エリー・パーカー」を見ることを猛烈におすすめします。というのは、まず、この「エリー・パーカー」も、ハリウッドにあこがれ、女優を目指し、オーディションを受けまくるという設定は実は「マルホランド・ドライブ」と全く一緒で、かつ「マルホランド・ドライブ」に出てくる殺し屋が「エリー・パーカー」ではナオミ・ワッツの彼氏役だったりとか、なんかみょ~にかぶるんですよね。それとナオミ・ワッツが車の中でセリフの練習をしてて「ファッキン!△△ファッキン!」とかって連発したり、ニコニコ笑ってたかと思うといきなり怒りだしたり泣き出したりと、とにかく表情がコロコロ変わって(というか意図的に変えて)、その演技力のすさまじさにノックアウト必死です。それと車を運転しながらパンティーを脱いだり着替えたりせわしなくて、そのあげくに事故って車を降りていきなりアイスを吐いたりとか、とにかくハードでリズミカルかつ圧倒的な演技力で笑えます。なので僕は「マルホランド・ドライブ」を見た後のショック状態を中和する意味で、いつも「エリー・パーカー」を見るわけです。

ナオミ・ワッツはその後売れっ子になって色んな普通の役も演じてますが、やはり彼女の才能が一番発揮されるのは、ひたすら怒鳴ったり泣いたり絶望したりするような、喜怒哀楽が爆発し続けるようなキャラだと思います。普通の奥さん役とか腕利きのスパイ役なんかに彼女はもったいなすぎて、もっとクレイジーでガイキチな役を強く希望します。

ともかく、女優志望とかって軽々しく口にする人たちは、この映画を見てナオミ・ワッツに完膚無きまでに打ちのめされればいいと思ってます。これは絶対にマネできませんし、女優とは本来こういうものなんだという神髄を知るにはいいかも。