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本「21世紀のイスラム過激派」

この本、最近読んだ中東のイスラム過激派モノの中では抜群に面白かったです。とにかく翻訳がすばらしい。読んでて海外のジャーナリストが書いたとは全く感じさせないほどに訳がこなれてて、最近読んだ「ブラックウォーター」とか「アメリカの卑劣な戦争」なんかのひどい訳とは段違いのすばらしさでした。この翻訳をした木村一浩さんって、すごい人ですね、翻訳への哲学を感じます。えっと、翻訳家の皆さん、この本、翻訳家には必須ですから。・・・ただ、原著のジェイソン・バークさんという方の文章の書き方とか構成なんかがすばらしいことも影響しているかもしれないので、とりあえず読んですぐにこの人が2004年頃に書いた「アルカイダ」という本も購入しちゃいました。・・・って、こんな本読むの僕ぐらいでしょうね。

で、この本の副題は「アルカイダからイスラム国まで」となっており、主に1990年代から2015年頃までのイスラム過激派(武装勢力)の勢力分布や戦略などの変遷のほか、いわゆる欧州等で頻発したホームグロウン(欧州育ちのイスラム教徒など)によるロンウルフ(一匹狼)的テロ事件についても、その特徴や傾向、要因や問題解決の糸口まで、とてもわかりやすく丁寧に解説されています。

これまで僕もアルカイダとかISとか、どうしてこういう武装勢力が台頭し、残虐行為を繰り返すのか、そもそも彼らは何がしたいのか、カリフ制国家の樹立ってなんなのか、さっぱり意味不明だったんですが、この本を読んで非常によく理解できました。

詳しい内容が知りたい人はあまりいないでしょうが、まあ興味のある人には本書を読んでもらうとして、衝撃を受けた内容をいくつか紹介します。

①まず一つ、こういうイスラム過激派って、いつまでも武力闘争なんかしてて古いよね~と考える人が多いと思いますが、実はこの急進的過激派というのは、その形態において時代を先取りするものであって、常に最先端をいっていることが多いんだそうです。従って、彼らの動きを見ることで、我々の組織なんかの未来を知ることができるというね。だって、彼らがソーシャルメディアを駆使したり、ネットで募金を募ったり、手数料ゼロの送金システムを確立してたりとか、現在世界中の起業家がやってることと同じじゃないですか。

②それにイスラム過激派の組織形態も、まあ組織と言えるかも微妙ですが、構造的に垂直的から水平的に、階層構造的なものから相互連結的に、上下関係から同格関係にシフトしてるんですよね。これって、最近のGAFA(ガーファ)(googleapplefacebookamazon)なんかの大企業と同じようなシステムじゃないですか(多分)。

③で、国家のとらえ方も我々とは違ってて、現在の国家という概念はその領土によって規定されるのに対し、彼らは一人の指導者と政治的存在に忠誠を誓うという、国境のない極めてボーダレスな考え方なんですよね。う~ん、新しいです。まあこれが彼らの言う「カリフ制」ということなんですが。

④また、90年代からイラク戦争頃までは、欧州で育ったイスラム教徒の二世なんかが過激派思想に触発されて、その後、アフガンやイラクパキスタンやイエメンなんかに出かけていって、そこで過激派から軍事的な訓練を受けて中東における聖戦に参加したり自国に戻ってテロをやらかしたりするケースがほとんどだったんですが、現在はアルカイダもISもその受け入れを断ってるようです。

なぜなら、軍事的な訓練キャンプのほとんどがドローン攻撃で壊滅してしまったことや、訓練を施した人間が自国に戻って何かをやらかすと、その後、西洋諸国からとてつもない報復を受けるからで、そのリスクに見合わないといったことが原因のようです。したがって、アルカイダもISも最近は中東内での覇権や派閥争いや領土の獲得を主たる活動としていて、西洋諸国を対象としたテロ攻撃は当時よりもず~と減少しているようです。あっ、ちなみにアルカイダとISは全くの別組織で主義主張も違いますし、ライバル関係にありますので、混同しないように。

⑤じゃあ、欧州でたまに起きるホームグロウン(自国育ち)の犯人はなぜテロ(事件)を起こしたのかというと、それはネットやソーシャルネットワークを通じて、仮想空間上で過激思想に染まった著者やツイッター、投稿者、ブロガーに接していて、誰でも簡単に見聞きできるラップ音楽やドキュメンタリー動画、安手の雑誌や文書などのあらゆる情報媒体によって、イスラム過激主義というムーブメントに触れ、ジハード・サブカルチャーにのめり込んでいくようなんです。つまりは「首謀者なきジハード」ですわ。

なので、作者の取材した限りでは、事件を起こした犯人は、皆がみな同じような不平や不満、怒りや呪い、自己正当化や祈りなんかを織り交ぜた、いわゆる「ジハード主義者の決まり文句集」を口にしていたようです。これを作者はイスラム過激主義のムーブメントや世界語がすでに構築されている証として警鐘を鳴らしています。

まあ、読んでいて救いがないのでうんざりしてきますが、こういう犯人に特徴的なのは、冴えない人生を送っていて、社会に不満が多く、かつ外に出ると無頓着な外部からの差別的な扱いを受けていて、屈辱感と妥協、劣等感にあふれている人が多いんですね。で、こういう冴えない何の取り柄のない人でも、ジハードに参加することで、性的な機会や地位、冒険を与えられ、心が躍り、現実逃避もできちゃって、かつ承認欲求も満たし宗教的な誇りにさえ転換できるというね。

えっと、ここまで読んだ方ならもうお気づきだと思いますが、これって形や規模は違いますが、日本でもちらほら起きてるじゃないですか。オウムの事件や秋葉原の通り魔事件、介護施設の集団殺傷事件とか、えてして犯人達はみんな不幸で冴えない人生を送っていたわけで。

であるなら、冴えない人生はしょうがないとしても、あまり不満のない充実した毎日(=幸せな毎日)を送ることがいかに重要かってことですよね。

 ⑥イスラム過激派の究極の目的は世界をイスラム信仰側と不信仰側の陣営に二分することであって、その間に横たわるグレーゾーンを殲滅することが重要と捉えているようです。要はグレーゾーンってどっちにも付かない無神論者とか宗教色の希薄な人々なんだと思いますが、作者も指摘しているとおり、このグレーゾーンこそ、多様性と寛容さ、理解や議論の場であり、人類の善意の象徴であると言い切ってます。

つまり、先進諸国では類を見ないグレー大国の日本ってやっぱりすばらしいわけですよ。なので、大麻や不倫程度ですぐに善悪を決めつけ断罪する最近のマスコミは少し危険だと思いますね。

まあ、イスラム過激派の変遷や、グレー大国日本のすばらしさを改めて知る意味でもとてもおすすめの作品です。

21世紀のイスラム過激派:アルカイダからイスラム国まで

21世紀のイスラム過激派:アルカイダからイスラム国まで

 
アルカイダ

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