GIGI日記~映画とか本とか~

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本「記者、ラストベルトに住む」

これ、ずっと読みたかった本なんです。しかし、買ってから気づいたのですが、この本の著者って実は日本人だったんですよ。カバーがかなり意図的?作為的?に作られていて、僕は最初、このカバーのおっさんが著者だと思っていたわけです。すると実際はこの人はジョーというアメリカ人で、著者である日本人が親しくしている取材者の一人なんでした、いやはや・・・。

この時点でまず衝撃を受けましたが、けれど、すごくいい本で面白かったです。ただ、あまりにも過酷な現実ですので、面白いというよりは悲惨きわまりないというか。

まず基礎知識として、ラストベルト(錆びついた工業地帯)というのはアメリカ中西部の五大湖周辺の州のことで、ミシガン州ウィスコンシン州、アイオア州、イリノイ州インディアナ州オハイオ州ペンシルバニア州など、かつて鉄鋼業や製鉄業の栄えた地域のことです。「かつて」というのがポイントで、今では寂れて廃れてしまったからそう呼ばれるわけであって、なにも昔からラストベルトと呼ばれていただけではありません。昔はハイテク産業の西海岸サンフランシスコの「シリコン・バレー」に対抗して「スティール・バレー(製鉄の谷)」などと呼ばれ、高卒のブルーカラー層が製鉄業や製造業でまっとうな給料を稼ぎ、仕事や暮らしに誇りを持ち、分厚いミドルクラス層を形成していた地域なわけです。

で、作者が実際に住んでみたのには大きく2つの理由があるわけです。一つは、これらの地域の人々は歴史的に民主党支持者が多かったわけですが、2016年の選挙では、イリノイ州以外の州全ての州で共和党であるトランプを支持するという歴史的大転機となりました。作者はその点に着目し、なぜ伝統的な民主党支持を覆したのか、そして共和党に入れた人は、トランプに一体何を期待したのかということを探ることなんです。そもそも、このラストベルトの大部分をトランプが制したことが、大統領になれた大きな理由なわけですから。

もう一つは、人々の本当の暮らしぶりは実際にそこに住んでみないと見えてこないし、実際に地元で生活して地域の人々ともっと深く仲良くならないと決して本音は語ってもらえないといった、まさにジャーナリストの鏡のような決断によるものでした。

そして作者が実際に3ヵ月間住んだのは、オハイオ州北東部トランブル郡のウォーレンという街で、家賃が月400ドル程度のアパートなんです。このウォーレンという都市は同州マホニング郡のヤングスタウンと並ぶくらい有名な労働者の街だったんですが、もう寂れてしまって近所にはジャンキーなんかが結構多く生活する地域となっていて・・・。ちなみに「ヤングスタウン」という都市は、かのブルース・スプリングスティーンが1995年に鉄鋼業の衰退を嘆く曲のタイトルにもなってます。

で、まあ色々と衝撃的な事実が色々とわかってくるわけですが、それは実際に本書を読んでいただくとして、ここではそれらのいくつか紹介するにとどめます。

まず一つ、米国では現在、ラストベルトみたいに特に貧しい州では、白人の中年層(45~54歳)で薬物による死亡率が上昇するという異常事態が起きているということなんです。現に作者の隣に住んでいた青年がドラッグで死んでしまったり、取材した39歳のデイナという女性の弟も実際に亡くなっていたり、ものすごくリアルタイムで進行中なんですわ。つまり、一般的な先進国のモデルでは、医療技術の進歩により死亡率は当然下がっているのに、米国白人中年層だけは上がっていて、そしてこの要因も、心臓病や糖尿病などの典型的な疾病疾患ではなく、自殺や楽物乱用に依るものなんだそうです。

特にオハイオ州を含めたアパラチア地方南西部では、2000年代初頭以降ですでに薬物の過剰摂取による死亡率が都市部を抜き去っていて、こういった薬物汚染の背景には、職がなく、またあっても不安定でかつ低賃金なサービス産業ばかりで、希望や展望の損失が大きな理由としてあげられているんです。

そしてもう一つは、取材した人達の大部分が「自分にとってのアメリカ・ドリームとは、請求書におびえずに普通に生活できることだ。」とか「年収4~5万ドル(400~500万円)稼ぐことさ!」っとかって言ってることなんですが、それってもはや「ドリーム」とは呼ばないわけで、単に普通の暮らしがしたいってことじゃないですか。

この点が僕にはものすごく衝撃的でした。アメリカって、その割合がどの程度なのかはわかりませんが、ミドルクラスが没落し、日本でいうところの普通の暮らしがもはや成り立たなくなっている人達がものすごい勢いで増えているわけですよ。

ネットで統計情報を拾っても「上位1%の人々の平均収入が、下位50%を占めるの人々(1億1,700万人)の平均の81倍」とか「上位1%の総資産でアメリカ人全体の34%を占めている」とか「1980年代にアメリカ人の50%を占めたミドルクラス(中産階級)は、2010年には40%まで減少した」などと色々挙げられているけど、こういう統計ってその下位にいる実際の人々の顔が全く見えないわけですよ。その意味で、そういう人達の意見や暮らしぶりをレポートした本書は非常に意義のある成果であって、しかもこの作者が日本人であったことに僕は拍手とエールを送りたいです。そんでもって、この作者が書いた「ルポ トランプ王国」も買っちゃいました。

まあ、こういう傾向が今後日本にも波及するのかどうかは、アメリカと日本では政治・経済・社会システムが大きく異なるので何ともいえないところですが、資本主義の末期症状であることは変わりないので、今の我々の生活を見直す(または感謝する)ための恰好の例にはなるかと思います。

特に最近は、この本以外にもアメリカの路上生活者(ホームレス)ならぬ車上生活者を取材した「ノマド:漂流する高齢労働者たち」やボブ・ウッドワードの「FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実」なんかも読んで、他にも「超・格差社会アメリカ」や「ホワイト・ワーキング・クラスという人々」といった本が待機中ですので、機会があればコメントしたいと思ってます。

記者、ラストベルトに住む トランプ王国、冷めぬ熱狂

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ノマド: 漂流する高齢労働者たち

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FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実

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